Concept
内観道とは
「内観道(ないかんどう)」は、癒やしのための場所ではありません。
自分の人生の舵取りをできるようになって
モヤモヤが晴れない苦しい現実を脱し、
自分の力で驚くほど軽やかに進むための
意識点の操作方法を体得する場所です。
私が、鍛錬した古武道の身体感覚、経営者の論理的視点、
4歳の時に「人間に生まれてしまった絶望」を「魂の選択」へと
昇華させた経験をもとに
視点の移動を体得するための「稽古」です。
自分の内側を徹底的に観察し、視点の座標をミリ単位で修正する。
すると、あんなに重苦しかった現実が、驚くほど軽やかに動き出します。
人の理解には段階があります。
知る段階、やる段階、できる段階、体感がある段階。
人生が苦しかった私は、知る段階を飛ばしていました。
「分かった」は危険な言葉。
今の情報にあふれている社会で、インプットしていると「分かった」と思ってしまいます。
しかし実際は、その情報を知っただけ。
その情報が本当に自分の幸せにつながっているのか。
豊かさにつながっているのか。
精査して、採用するのかを見極める必要があります。
インプットしていると、やっている感を感じられていました。
行動しているから、幸せにつながるは雑すきました。
心からの安心感、自分の幸せにつながるには、
自分の行動と、その行動をとる思考のクセ、潜在意識にアプローチすることが必要だったのです。
自分の潜在意識への糸口は、感情。
感情や感覚を感じるための肉体。
健康な肉体と精神の両方のバランスを診る必要があります。
対処療法的なテクニックでは、
長年培ってきた習慣からできている現実を
変えるにはあまりにも貧弱だと言わざるをえません。
稽古で先生から、動きの指摘をもらって修正していくように
少しづつ自分の動きを見られるように変化します。
修正中の慣れないことをやると
止まったり、疑問が出て、壁にぶち当たったようになります。
そんな時、あなたの状態を見ながら
必要な手本を示してくれる人がいれば
どんなに楽でしょう。
「道」学ぶ稽古は、茶道、華道、武道、書道、香道など
全て体感を得られるように考えられています。
だからこそ、奥深く、
知識だけでなく、体感をもって理解する境地に至れるのです。
その段階に到達すると、自分の人生を安心感を持って
軽やかに進めるようになります。
私はずっと苦しかったところから、
内観をすることで、やっと愉しいと言える状態に。
苦しくモヤモヤの毎日から
心の平安とワクワクを感じる毎日へ。
傍目から見れば、大差がないように見えるかもしれません。
しかし実感は、時間の使い方も、自分との会話も、
仕事に対する方向性も、周囲の人間関係も全く別物です。
今までの人生の点が全て繋がり
どこに向かって、何をしたいのかが明確で、
幸せを感じながら、日々邁進できる状態になりました。
努力と我慢と忙しさに追われ、ふと立ち止まると、
疲労と底知れない孤独感や虚しさ、不安感が襲ってくる。
そんな、状態にいた自分と同じ思いをしている方が
楽に、軽やかに、自分を幸せな状態に置きながら
人生に確信をもって生きられるお手伝いがしたい!と
心から思っています。
